2012年4月15日日曜日

4月15日 一部スルー推奨

父の命日
去年の昨日旅立ちました。

* 一部の画像はクリックで拡大します。 *


先日の8日(日曜日)に一周忌を営みましたが、もう1年が過ぎてしまいました。


命日は昨日14日だったのですが、雨で出られず一日繰り延べ。
今日(15日)は午前中から母も行くと言って準備をしていたのですが、体調が思わしくなく、回復を待ちましたが昼を過ぎてしまい、結局無理に動かない方がいいと言うことになり娘と一緒にお墓参りをしました。

菩提寺は自宅から徒歩10分弱ほどの場所です。
墓参りのあと、娘は時計の修理に川崎まで行くと言うので山門前で別れ、私は菩提寺近くの桜を撮ることにしました。父が逝った時も丁度桜が散り始めていました。

菩提寺の境内に咲き始めた「満天星(どうだんつつじ)」

菩提寺近くの区民センター入口の「楊貴妃」
根元にセイヨウタンポポが咲いていました。

菩提寺近くの区民センター入口の「楊貴妃」
花の色が変わり始めました。

この後は行くところへ行きました。もう中毒なので・・・・・

700-C1 こだま665
お墓参りに出かける前にメールが届きました。「C1北上中!」
仲間の見たまま情報ですが、時間的に撮れないと思っていました。時刻表で調べると上りには間に合いませんが折り返しが撮れる事が分かり、桜の写真を撮ってから急いで向かいました。

N700-N9 のぞみ45
この編成には「穴」があるという事で、一応ネタ車なんです。「ANA」とも書きますが、あくまでも「あな」のことです。 “ あな ” たには意味が分かりますか?(ちょっとマニアックですね。)

N700-Z77 のぞみ124
名付け親は仲間の一人ですが、私が「フィーバー君」と書く編成です。

700-B8 ひかり479
きれいなので撮りましたが、この編成にも「88」という名前をつけました。「B」の文字が「8」に見えます。

N700-Z77 のぞみ47
折り返しの「フィーバー君」

第一監視台わきに立っている木から、新しい葉が伸びてきました。

本当は仲間と小田急を撮りに行く約束をしていたのですが、事情が事情なので前夜キャンセルさせていただきました。済みませんでした。


青文字部分は「スルー推奨」です。

父は、昨年3月半ばに体調が悪くて緊急入院し、3週間弱で亡くなってしまいました。
あと半月生きていてくれれば「米寿」の誕生日を迎えられたのに・・・
大正12年5月に生まれ。その丁度4ヶ月後に関東大震災を体験。
その後起こった近年最大級の「東日本大震災」も体験してしまいました。

ペースメーカーを入れていたので、そのせいとも思っていましたがまったく違い「間質性(かんしつせい)肺炎」とのこと。入院後、行くたびに酸素吸入器のパイプが太くなり、酸素の量が増えたりしていてそれを見るたびショックを受けていました。

去年の1月には娘も緊急入院しています。
一生付き合わなければならない病と言うことも分かり、今でも月に1回新宿の大きな病院に通院しています。
この頃は娘のことで家中が重苦しい空気に包まれていました。そこへ父の入院。しかも入院10日後くらいには医師の提案もあり、鎮静剤の投与を私が承諾しました。以後強制的な睡眠状態です。このことにはかなり悩み落ち込みました。
鎮静剤を使わなければ苦しさから逃れられないだろうし、使えば眠ってしまって話ができなくなるし、どちらを選べばよかったんだろうという苦悩です。
鎮静剤投与開始の前日ベッドで横たわり、苦しそうな息の中「ウチに帰りてぇなぁ。」と言う言葉がいまだに耳に残っています。この時は返事が出来なかったんです。すでに酸素が不可欠の容態でした。実の父からこういうことを言われ、返事が出来ないというのは辛いなどというものではありません。

そして治療の甲斐もなく回復しないままに病状は悪化する一方。
私の目の前で息を引き取りました。14日午後10時25分でした。たまたま付き添っていて、たまたま帰らずにいた時です。
それまでの付き添いでは午後7時か8時には帰宅していました。たぶんそばに母にいてほしかったと思いますが、私が帰らずにいたのは引き留められていたのではないかと思います。父一人の時でなくてよかったです。
行かない時でも、いつ病院からの緊急電話で携帯が鳴るかビクビクしていました。そういう状態が2週間も続いていました。そういうことがなくなってホッとしたかというとそうではありません。
あとになればなるほどそういう状態であったとしても、ビクビクしていたかった気がしています。


いま考えると1月以降、夜になると娘や父のことで心理的にかなり不安定でした。こういう心の不安定さを慰めて下さったり、気を紛らわせることが出来るメールを頻繁にいただきましたが、その方には本当に感謝してもし切れないと思っています。
このメールがなければ私は落ち着いて対処できなかったとも思っています。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。「どうもありがとうございました。」
でもたぶんこのメッセージはその方に届かないと思いますが、私がそういう気持ちを持っているということをここに記させていただきます。



ということで、今日のところはこの辺で締めさせていただきます。
★後日文章が追加、変更されることがあります。

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